慢慢走 Walking Slowly

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《舞台》彩の国シェイクスピア・シリーズ「ペリクリーズ」

彩の国シェイクスピア・シリーズ第12弾「ペリクリーズ」
2003年2月19日~3月16日@彩の国さいたま芸術劇場

彩の国シェイクスピア・シリーズももう12回もやっているのね。驚嘆。そして今回の面子のすごいこと。蜷川演出は当然として、出演者が内野聖陽、田中裕子、白石加代子瑳川哲朗市村正親と5大大物揃い。内容がなんであれ、この5人の役者が揃うんだったら見たい!と思わせるに十分。
この作品は、シェイクスピア脚本でありながら、脚光を浴びることはほとんどなくて、今公演でその存在を知った人も多いのでは。なぜこの作品を上演するのか?という疑問を心の片隅に残しつつ観劇したけれど、見終わったとき、納得。蜷川演出は、この作品を今上演することに大きな意味を見いだしていることが伝わってきて、その気持ちに胸が熱くなった。
舞台で難しいのは、「語り過ぎちゃいけない・でも伝えなくちゃいけない」ということだと常々思っていて、脚本家も演出家もそこのさじ加減で悪戦苦闘するんじゃないかと思うのですが。オープニングとエンディング、戦火に傷ついた民衆が舞台上を埋める。そこにいるのは「ペリクリーズ」の登場人物ではなく、どこの国でもなく、誰でもない人々。そこにいるのは、すべての国の人で、すべての人。そこにいるのは、私であり、あなたであり、大切なあの人であり、一度も会ったことのない誰かである。美徳を貫いたペリクリーズと娘マリーナの物語の前後を、そんな人々、戦火に苦しむ人々のシーンで挟み込むというのは、そこに蜷川の「戦争」に対する思いが存在しているからで、どんな苦難が訪れようとも、人は決して美徳を失ってはならない、そうすればいつか必ず幸せな世界はやってくる、という信念を、言葉での説明を一切せず、その演出だけで、視覚だけですべてを説明して見せた蜷川の手腕は見事としか言いようがない。どんな言葉にも勝る説得力と蜷川の思い。演劇の可能性の扉を開き続け、その無限さを提示してくれる蜷川の才能。日本の誇るべき演出家だと、心から思った。
役者は、5人全員圧巻。一人何役もこなしているのに、演じ分けがしっかりとできている。特に白石さんと市村さんの演じ分けの鮮やかさは印象的。