慢慢走 Walking Slowly

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《映画》推手

映画「推手」(原題:推手 Pushing Hands)
監督:アン・リー(李安)
1991年、108分、台湾・アメリ

俳優のラン・シャン(郎雄)が父親を演じる『父親三部作』の第一作目。アン・リー長編映画デビュー作でもあります。
ちなみに、二作目と三作目の感想はこちらに書きました。

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《あらすじ》 
舞台はニューヨーク。朱老人(ラン・シャン)が一人息子の家庭に身を寄せてるようになって1か月が過ぎたが、朱は英語がわからず、息子の妻であるアメリカ人のマーサとうまくコミュニケーションが取れない。マーサは作家で、義父の存在がストレスとなり執筆もはかどらずイライラしている。
朱はチャイナタウンで太極拳を教えていたある日、料理講師の陳夫人と出会い好意を抱く。陳夫人の方も朱を憎からず思っている様子で、それを知った朱の息子のアレックスは、父が家を出て陳夫人と一緒に暮らすことになるようにと二人の中を取り持とうとする。そんな息子の思惑にまったく気づかない朱だったが、陳夫人はその企みをお見通し。娘夫婦と同居している陳夫人は、自分が厄介払いされるためにこんな計画を立てられたのだ、とひどく自尊心を傷つけられて朱の前で涙を流す。朱は自分もやはり息子夫婦の家庭には邪魔な存在だと感じ、置手紙を残して家出する。
チャイナタウンの中華レストランで皿洗いのバイトに就いた朱だったが、慣れない作業に手間取る朱を経営者が早々にクビにすると言い出し、朱に対して侮辱的な発言をする。怒った朱は、ここを一歩も動かない、動かせるものなら動かしてみろ、と挑みかかる。朱は太極拳の技“推手”を使い、彼に襲いかかるあらゆる人々を撃退してしまう。最終的には警察に逮捕、連行されてしまう朱だったが、その様子はテレビニュースで放送され、アレックスは父の元へ迎えに行き、新しい家に引っ越すからもう一度共に暮らそう、と提案するが朱はそれを固辞し、チャイナタウンで一人暮らしすることを選ぶ。
ニュースですっかり有名人になってしまった朱は、再び太極拳を教え始め、講座は大盛況。そこに、陳夫人がやってくる。陳夫人もまた、近所で一人暮らしを始めたのだという。もう家族に縛られることなく、自立して自由に生きていこうと決めた二人は、再び交流をあたためはじめる。

 

とても印象的だったのは、終盤で新しい家に引っ越したアレックスとマーサの夫妻が、朱が訪ねて来た時用にと準備した部屋で語り合うシーン。
父の太極拳についてアレックスは、
「父にとって太極拳は現実逃避の手段だ。推手をやるのも他人を遠ざけたいからなんだ。」
と言います。
「推手って何?」と尋ねるマーサに、アレックスは実演してみせ、
「相手に逆らわず動きを感じ取るんだ」
と言います。
ニューヨークにいるという現実になじめず、英語もアメリカの文化も理解しようとせず、チャイナタウンで生きていこうとする朱のことを、辛辣ですが的確に表現している息子の言葉、そして息子夫妻の幸せを一番に考えて、それに逆らわず家を出た朱のことを思うと、胸に沁みるセリフです。
誰が何人来ようとも、推手を使って厨房から一歩も動かなかった朱のシーンは、滑稽でありながら彼の生き方をそのまま象徴しているようで悲哀がにじむ名シーンです。
しかし、一つ気づいたのは、最初の方に出てくる太極拳を教えるシーンでは生徒は中国人のみだったようなのですが、最後の方で再び朱が太極拳を教え始めたシーンでは、生徒の中にアメリカ人らしき人たちもちらほら見受けられるのです。
他人を遠ざける手段の“推手”によって、これまで朱が避けてきたアメリカ人の方から近寄ってきてくれたのだな、と思うと、きっとこれから朱の世界は少しずつでも広がっていくのではないかな、と思わせてくれました。

異国の地で、異文化の中で生きることの困難さを描きつつも、自身の生き方を見つけていく姿には希望を持てました。
異国で暮らす人に向かって「国へ帰れ」などと心ない言葉を投げつける人も見受けられる世の中ではありますが、異国の地で暮らすに至った彼らの背景、そして異国で懸命に生きていこうとする姿に思いを馳せずに表層だけでそのようなことを言うのは乱暴すぎると私は思います。

父親三部作を見て、さまざまな愛の形、家族の形、国の違いを乗り越えようとする人たち、そういった物事がアン・リー監督のあたたかなまなざしで描かれていることに、心から敬意を表したいと思いました。こういうしなやかな視点を持ちながら生きていきたい、と思わせてくれる作品との出会いに感謝です。


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