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《舞台》ナショナル・シアター・ライブ「アマデウス」

先日、TOHOシネマズ日本橋にて、ナショナル・シアター・ライブ「アマデウス」を見てきました。

www.ntlive.jp

ナショナル・シアター・ライブは、英国ナショナル・シアターの傑作舞台を映画館で見ることができるという、なかなか海外に行けない、海外で舞台を見る機会がない人間にはとてもありがたいプロジェクトです。
こだわりのカメラワークは舞台の臨場感たっぷり、客席の様子も撮影されており、劇場の雰囲気も楽しめるという、本当に劇場で鑑賞しているような体験になりました。

映画版でも有名な「アマデウス」は、ピーター・シェーファーの傑作戯曲。英国ナショナル・シアターで1979年に初演、その後ウエストエンド、ブロードウェイでも上演され、トニー賞最優秀作品賞など5部門に輝いています。日本では九代目松本幸四郎(現・白鸚)が1982年からサリエリ役をつとめて上演されてきました。そして映画版は1984年公開、翌年のアカデミー賞脚本賞など8冠に輝きました。

そんな名作の原点、英国ナショナル・シアターでの公演が映像とはいえ、こうして見られるなんて本当に幸せなことだと思います。いい時代になりましたね。
そして、その思いを裏切らない、素晴らしい名作舞台でした。

サリエリ役のルシアン・ムサマティやモーツァルト役のアダム・ギレンらの熱演、マイケル・ロングハーストの豪華でありながらテンポよくメリハリの利いた演出、オーケストラの美しい生演奏、すべてが超一流。

舞台本番の前に、キャストとスタッフのインタビューが流れます。そこで言われていた通り、この作品の主役はサリエリですが、タイトルは「アマデウス」。タイトルにはなれないサリエリ、そこに、結局サリエリは精神的に、神の子・モーツァルト支配下から逃れられなかったことが現れているのだと思います。

それから印象的だったのは、サリエリ役のルシアン・ムサマティが自身の肌の色に言及した場面。その発言から察するに、彼の肌が黒いことで「サリエリ役に相応しくない」という批判が一部あったようです。確かに実際のサリエリの肌の色は黒ではなかったようですが、だからといってムサマティ氏が相応しくないという理由にはなりません。肌の色だけでムサマティ氏を批判する人は、この舞台の本質を、そしてムサマティ氏の素晴らしい演技をちゃんと見ていないのでしょう。彼の演技は真に迫り、サリエリの心の奥底の暗部、人間らしい邪念や苦悩、それでいて純粋さを持ち続けた複雑な人物像を見事に表現していました。

アダム・ギレンのこどものように無邪気で奔放で天真爛漫、それゆえにサリエリを苦しめる天才・モーツァルトの演技も素晴らしかったです。最後に死の影に怯えるモーツァルトの鬼気迫る演技に心を掴まれました。

舞台上のすべてを超一流に揃える、というこだわりとプライド、しかしそれが英国ナショナル・シアターではきっと当たり前なのでしょうね。悲しいことですが、日本の舞台芸術はすべてにおいて遠く遥か及ばない、と痛感させられました。そしてそれは、クリエイターたちの努力だけではどうにもならない部分が大いにあります。

もちろん、お金を潤沢に使うことだけが、素晴らしい舞台を生み出すすべではありません。日本でも低予算の中でも様々な工夫を凝らして、素晴らしい舞台が生まれているのをこれまでもたくさん見てきました。それとは別個で、日本でも予算を十分に使った豪華な舞台(それは華々しさという意味よりも、ナショナルシアターのような、一流を揃えるという面での豪華さ)を見てみたいな、と思いました。日本にも素晴らしい才能を持ったクリエイターはたくさんいます。彼らがその才能をいかんなく発揮できるように、日本において舞台芸術という分野がもっと存在意義を持ち、その価値が認識されていくことを願って止みません。

最後は泣き言のようになってしまいましたが、ともかく、このナショナル・シアター・ライブはこれからも様々な作品が上映予定となっています。スケジュールは公式サイトに随時アップされていますので、この機会にぜひ、イギリスの超一流の舞台芸術にふれてみてください!