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《舞台》青年団「上野動物園再々々襲撃」

青年団第50回公演「上野動物園再々々襲撃」

原作/金杉忠男 脚本・構成・演出/平田オリザ

5月12日-14日 【東京公演】●紀伊國屋サザンシアター
5月19日-21日 【伊丹公演】●AI・HALL
5月26日 【可児公演】●可児市文化創造センター
6月3日 【盛岡公演】●盛岡劇場メインホール
6月7日 【富士見公演】●富士見市民文化会館キラリ☆ふじみメインホール

出演:足立誠、猪股俊明、大崎由利子、大塚洋、荻野友里、木崎友紀子、志賀廣太郎、篠塚祥司、高橋縁、天明留理子、根本江理子、羽場睦子、ひらたよーこ、松田弘子、安田まり子、山内健司、山村崇子

ある男の告別式の帰り道。
死んだ男の小学校の同級生たちが、喫茶店に集まって話をしている。
小学校時代の思い出話と、彼らの現在の生活とが交錯して、過去と現実が浮き彫りになる。

過去の思い出を、生き生きと楽しそうに話す彼ら。でもその楽しさは、どこか浮ついた印象を受ける。あたかも、集団で現実逃避をしているような。
現在の話になると、途端に深刻になる彼ら。それが現実であり、苦しくとも、それと向き合わなければならない。

過去はもう戻らない。だから無責任に「あの頃はよかったね」と笑い合える。
現在は、まだ見ぬ未来への布石で、「これから」を決めるのは自分自身で、いろいろ考えると動くのが嫌になるし、怖くなるし、「あの頃はよかったね」とただ笑っていられたらいいのに、と思ってしまう。

彼らは小学校時代、夜の上野動物園に忍び込んで、駱駝を盗もうとしたことがある。
幼い頃の思い出として、笑い飛ばしながら、その話をする彼ら。
この物語の最後では、いい年をした中年男たちが、再び夜の上野動物園へ忍び込もう、と一致団結する。
よし行くぞ!と盛り上がった状態で幕は引かれる。

中年男たちが、上野動物園を再襲撃する、とても子供じみていて、その姿は滑稽で、哀愁を感じる。
しかしその姿は、「あの頃はよかった」と過去にすがるだけではなく、あの時果たせなかった計画を再実行しようという、過去を更新する意思、現実と向き合って現在を生きていこうという悲しくも美しい決意に見えた。

 この舞台がどうしても見たかった。
しかし、どうしても都合がつかずに東京公演を見ることができなかった。
それでも見たくて、富士見公演に足を運んだ。
遠かったけど、行ってよかった。

どうしてそこまでこの舞台が見たかったのか。
それは、金杉忠男さんのことを知りたかったから。理由はそれだけである。
金杉さんは、9年前に亡くなった演劇人だ。
私はこれまで金杉さんの作品に触れることはなかったけれど、その名前は何度も耳にした。金杉さんの作品に触れないわけにはいかない、と思った。

金杉さんの作品は、中年くらいの人々が、少年少女時代を回顧する、というモチーフが多く使われる。
でも金杉さんの描くそれは、決してノスタルジーでも現実逃避でもなく、少年少女時代の記憶を一時借りて、現在を力強く生きていく糧としよう、という姿勢に見えるから、悲しくも美しいのだと思う。

金杉さんのことがもっと知りたい。そんな衝動に駆られた。刺激を与えてくれた舞台に感謝。